I Hung My Head 私訳
ある朝早く俺は丘の上に座っていた。―――当時の俺は、若い時をただ死んでいくにまかせるしかない、そう、若さそれ自体だった。
ジェブから借りてきたライフルを弄んでいると、平原を騎手の孤影が横切っていくのが目に入った。
俺はなんということもなしに、奴の頭で照準を合わせる練習をはじめた。そしたら兄貴のライフルが俺の手をするりと抜けだして、銃声が地に響き渡り、ただ馬だけが駆けていくのを俺の目は見た。―――騎手は死んだ。
俺はうなだれた、そう、うなだれるしかなかった。
俺はこのヴィジョンから醒めるため駆けだした。
兄貴のライフルが川の中に歩み入るのを俺は見た。
塩の大地に駆け入った俺を彼らは見つけた。俺は俺の首から離れた頭を抱えて座り込んでる俺の姿を見た。
保安官が俺にうながした。「ジョニー、なあ、坊主。どうして俺がお前を追っかけてこなきゃいけなかったのか、お前の口からちゃんと説明してくれるな?」。
それで俺は俺がなにをしでかしたのかわかった。
俺は呟いた。「なにもかも、理由なんかないだ。ただ導きに従って手にした運命の欠片がこれだった、それだけなんです、保安官さん」。だけど声にはならなかった。
すでにその手の中に落ちると決まった俺の頭を抱え込みながら。抱え込みながら。
さて、ここは法廷だ。町ぜんぶがこの中に引っ越して来たみたいにぎゅうぎゅう詰めになってる。
裁きの座に判事が座っているのを俺は見た。
裁きの主は云う。「ジョニー、わたしたちのジョニーよ。ここにいるみんなに、その時なにものがお前の精神に入り込んでお前にそれをなさせ、そして逃げ去ったのか説明してくれるかな?
そしてここに陪席するものたちが厳かな評決を下すであろう」。
俺の声が話すのを俺は聞いた。「うまれてこの方ずっと、死神のちからがわたしの人生を覆っているのを感じてきました。そうです、わたしはかれのみどりごたちを孤児に、かれの妻を寡婦にした。かれらの赦しを乞いたい。こうなる前にわたしはとうに死者の仲間いりしているべきでした」。
こうして俺は俺の頭を絞首台の輪縄に差し出したんだ。俺が俺の頭をそこまで連れていく、定められたとき、決められていた通りに。
その朝はあまりにもはやく訪れた。時が俺を殺すその日も。
俺は丘の上に絞首台を見た。
そしてさらに遠く、―――またしても俺の脳が俺に仕掛けたいたずらで
俺は見た、騎手の孤影が平原を横切っていくのを。
やつは彼らが俺のからだをどうしたか見せるため、俺を連れにきたんだ。
そして俺たちの主の王国がやってくるそのときまで俺たちは鞍上にある道連れとなる…。
こうべを垂れて俺の神に慈悲を祈る、―――じきにわたしはあなたのものなのですから。
こうべを垂れる、うなだれる。輪縄の中にみずからさしのべるように。
無題
トランプによるベネズエラ侵略行為に対する批判の声を見ていて、無条件に賛同できないのが、容易に「だからすべての「テロリズム」や暴力的手段や暴動など、影響力のある宗教界などによる政権批判的な言動なども、それがいかなるかたちで成立した政権が対象であろうが、「民主的な」選挙結果以外の手段による「現状変更」を目指すようなものは批判する」という、機械的、としての「ルール至上主義(形式主義、手続き論)」に転化し得る面があるからだ。
例えば、僕が挙げたような、テロル、暴力や暴動、宗教界によるある程度の「現状変更」あるいはそれに向けた努力は韓国の近現代史に「民主化」や「独立」への努力として表れる。伊藤博文暗殺や、パク・チョンヒ暗殺や、光州事件や、仏教界による民主化運動への支援など。あるいは大韓民国臨時政府なども含まれるだろう。
日本語圏の「保守」は、アン・ジュングンのような「テロリスト」を英雄視する韓国は日本や「国際社会」と、法の支配の価値観を共有していないと難癖をつけるが、トランプを批判するような人々の一部はこれにも同調するだろう。
「民主的手続き」や「法の支配」、あるいは「国家の主権」といった「ルール」は、勿論ヒトラーやプーチンやトランプのような一国の権力者による横暴を防ぐために存在するものだと思うが、一国の「主権」の下で、「多数派」の合意の下に行われるジェノサイドに対して、「正当な」手段で止めさせる事が出来なければ、本当にテロルなどの「正当でない」手段を用いてはならないのだろうか?(トランプ政権によるプロパガンダを差し引いても、ベネズエラがこれに近い状況でなかったとは誰にも言えない筈だ)
以前に書いたことを自己引用する。
「つまり、リベラル的知性は、「大衆の理解」を求めるあまり、中途半端にポピュリズム化した。構造的問題を前面に出さず、各論で対抗することで「大衆」へのわかりやすさをつくろうとした。
しかし、そのような「因数分解」の結果、例えば日本語圏のリベラルは「帝国の慰安婦」問題で、「言論の自由」の立場に立ってパク・ユハ支持を表明したことで、本当の意味で踏みつけられた被害者の声を否認する結果となり、結果的にそれまでの各論としての「慰安婦」問題で被害者に寄り添う姿勢すらも植民地主義的な立場からの物言いでしかなかったことを露呈した。
結局、ここでも、各論の正しさに縋って、総論として持つべき一貫した思想を放棄した結果、現状追認に陥ったのだ。
本来であれが、「言論の自由」という正しさをもってしてもなお、「帝国の慰安婦」が徹底的に批判されるべきものであって、被害者にとって受け容れがたい内容である理由を発信すべきところを、主に知見不足によるところもあるが、あべこべに、「帝国の慰安婦」に学術研究として「あり」とのお墨付きまで与えてみせた。」
各論としての主張の正しさの証明として「法の支配」や「国家主権」を持ち出すのは、シンプルな説得力を持つが、「総論(構造論)」的に「本当の意味で何が正しく何が間違いか」を持たずにそれを行えば、それは一面的な正しさを誇って現状を常に追認していくだけの、暴虐への加担者に成り下がるということではないだろうか。
ガンダム神話とかなんとか
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こういうのをいい感じに誠実にまとめて出力して欲しいのが、本来えーあいにやってほしいところなんだけど、そういうのが一番苦手(嘘入れる)からなあ。まあそこまでやったら編者の仕事になるから本来金払わんといかんし、できないのが当たり前か。
でもまあ、壁打ち相手としてはかなりいい相手になってるから、そこのとこはえーあいも認めないといかんな。
汚辱の歴史
何故ニホンの天皇家がこれだけ長く続いたかって、別に1400年ずっと連続的に統治はしてない訳で、王の血筋としてずっと利用されてきたのは単純にいって閨閥政治がうまくいったから。 万世一系大好き連中は中国の歴史と比較するから天皇を珍しいと思ってるけど、デンマークであれ、フランスであれ、英国であれ、閨閥政治のおかげでずっと「王家」であった「血筋」はたくさんある。結局、時の権力が完全に外来の異民族に取って代わられたというわけでなく、親戚同士であれば「王」の血筋は利用されるというだけのこと(後、中国は易姓革命という革命の理論が早くから確立していたのもあるとは思う。後、儒教もまたある意味で先進的な宗教であり、人の権力と「天」の宗教的威光をある意味で分離していた(王権のルーツとしての「神」を否定した))。 その意味ではムハンマドの「血筋」の方が歴史的に見れば、(ちょっと天武以降との連続性が怪しい推古朝起点で)1400年くらいの天皇家と同じくらい「尊い」血筋とされて長いとも言えるし、影響力も広いとも言えるのではないか(一部の日本語圏内部の保守しか「神聖」と認めていない上に宗教的影響力も日本語圏内でも薄い天皇教(これ自体実際には明治政府によってつくられた新宗教))なんかより、宗教的神聖性と権威を兼ね備えた、王の中の王の血筋と言えるのでは。 ただし、この王の中の王というのは、「神」を「樹の根っこ」として宗教的権威と結びついた「神聖性」を前提としているから、早くから「人治」と「天命」を分けた中国の先進性に対しての反発から、ヤマト王権はむしろアナクロな価値観に逆行した結果生まれた「天皇」の価値とも言える。 逆に言うと、現代中国における「造反有理」や「革命無罪」といったスローガンは「易姓革命」の理論との連続性も感じられ、「聖典宗教」のような時代性と人為性に縛られ、改訂を余儀なくされるような宗教的権威ではなく、言語化されない人とは隔絶した「天」のみを宗教的権威化することで、ある意味では共産主義以降の非常に「近代的」文明を早くから手にしていたという言い方もできるのではないか。 更に言えば、中国が「官僚統治」という構造を生み出したことも非常に「先進的」であったとも言える(官僚腐敗の話とかもあるし仕組みとしての優劣の話ではなく、現代社会の統治構造の主流という意味で)。これは中国型というよりも、アレクサンドロスのシステムなどにも近い中央アジア型と言えるかも知れないが、ニホンや欧州のように閨閥統治型の社会(未だに実質的には持続しているとも言える)とは一線を画する。
中国においては連座制のような非常に厳しい法的罰則が成立したことも、統治構造としては合理的。「閨閥」の政治ではこうした断固とした処罰により、不正の連続性を絶つことは難しい。
様々な意味で、中国の「法家」的な合理性が一国共産主義国家の統治機構の雛形となったともいえるし、共産主義でなくとも、理念的には近代国家モデルに与えている影響は大きい。
こう考えると、大航海時代以降の歴史は腐敗と某逆の歴史であり、それは不正が総括されず、累代に精算され得ぬ罪として引き継がれた結果、罪の正当化や開き直りが国家レベルでまかり通るようになり、誰もが加担者であることを免れないまでに「縁のつながり」が断ち切れないまま続くからだ。
「見えない都市」という小説で象徴的にマルコ・ポーロによって描写されているように、フビライによる元の統治はそのとば口において、ある意味では大航海時代より前の「合理的統治」が成り立った時代の象徴であったとも言える。 理念的には、連座制に象徴されるような「法」による罪の総括と清算の窮極が「革命」なのであり、仮に革命の理念が機能していれば、議会襲撃を扇動し自ら内部テロを指揮したような男が返り咲くことも、海外のカルトの傀儡と化したような政権が返り咲くことも起きないはずだが、大航海時代以降の世界は、不正に収奪し続けてもまだ収奪の余地となる「フロンティア」はどこまでも広げられるという「夢」をエンジンとして、どこかで止まって総括と精算が成されることのないまま突き進んできた。「自由主義経済」とはまさに、現代の越境する多国籍企業のような「海賊資本」に象徴されるような、「未開の地」を収奪し続ける故に法による統治を逃れ続ける腐敗の別名でもあろう。
131 82 131 126 131 133 131 106 131 80
現代の「(地球と人類の)持続可能性を希求する社会」においては、「自由主義経済(資本主義)」は実際には「競争なくして発展・進歩なし」、「国家や一企業に独占された技術は停滞し、腐敗を招く」という主張を覆せないという一点のみを理由に本来は捨て去られるべきなのに所持が黙認されている、「実際には死んでるとも言えるけど姓名維持装置につながれて「生かされている」亡霊とも言えると思う。原子力開発が「適切な管理」を名目に止められないのは色んな意味でその象徴だろう。「競争」を止められないために、地球にヒトが増えすぎているのに、一国の事情としては人口減少が問題となったり、地球環境が破壊されてヒトが住めなくなるような開発も、一国の「国民」を飢えさせないために新規開発が「必要」とされたりするような矛盾が生まれる。そして一国の開発が過剰開発になると判断されても、開発が「必要」とされる地域に資本を投下し続けることで、実質的に国単位での「総量規制」すら超過し続けるグローバル企業(越境資本)が更に制御を困難にする。これは、「自由主義」が状況・部分的にはまだ「正しい(有効)」という詭弁では覆い隠しようのない全体の破綻状況を示している。
フィクションにおいては、多くの場合、このような度し難い状況の解決策として人類は宗教を利用しようとする。カソリックやイスラムが利息を禁じるように、宗教にヒトの果てない欲望を制御する役割を期待するのだ。この場合、古典ギリシア期に象徴される「黄金時代」と、宗教支配の「停滞」の「中世」の評価は逆転する。ヒトは賢明さ故に自ら「停滞」を選び取ったということになるのだ。
宗教は確かに、「神」という、個の都合対国家や組織や企業の都合という構図に、「神の命令・規範・約束」という第三の視座を設定し、より普遍的な良心や道徳的規範をもたらすものでもあり、現代において良心や道徳規範、そして個が、国家や組織や企業の暴走に対する対立軸たり得ず、踏みにじられてさえいる状況は、フランスの社会が象徴的に示しているように、「科学的」国民統合のために、宗教を実質的に否定し、結果的に、国家や社会とむき出しの個が対峙せざるを得ない状況をつくりだしている。
宗教でなければ、共産主義・社会主義はこの状況に対する処方箋たり得ないのだろうか?これはかつて言われたように、もはや昔の夢なのだろうか?
マルクスの想定した共産主義の到達点(一国社会主義ではない)は、確かに宗教に代わる「理性的な」規範があり得ることを示している。ただし、その構図は常に完璧な規範が存在することを想定しており、個対社会になったときには常に個が踏み潰されるようになっているし、個対社会になったときに個が正しいことはあり得るのを想定できていない。
結局のところ、宗教の強みは、「民意」に左右されない、完全に上位かつ修整不能な規範を示していることで、これは教祖の死により個人の欲や都合を超えて完全なものとして完成するというナザレのイエスの神話は、この宗教のあるべき姿をよく教えている(教祖の都合が全面に出るカルトは結局その意味で真の宗教たり得ていない)。
そして更に、宗教の規範は世俗の権力とは分離していること、これが理想的には宗教が第三の安全装置として機能すると想定される理由である。
つまり、「非民主的」かつ「絶対的な」、あたかも石板に刻まれたような最上位規範が要求されるが、個の心のみを縛るものが必要とされる(それは神でなくてもよい)。共産主義の規範はまだ「革命」が成る前にはその代替たり得るが、革命により国家・組織・企業に取て代わることを目指すものなので、その意味でそのままでは宗教を代替し得ない。
一方で、宗教をそのまま用い続ける事が出来るかと言えば、それも大きな矛盾を受け入れることを前提としなければならない。
堕胎や離婚など、宗教が禁じているものは、「神」の本質的要求でないことは「直感的」にはすぐにわかることでも、絶対的なものの中でどれが本質でどれがその時代の都合だったり教祖の都合だったりするのかをヒトが仕分けし得ると考えるのは矛盾する。人知の及ばないところだからこそ、「民主的」にも改変し得ないものであるはずだからだ。
実際には神学論争など、「ヒト」の直観による修正を経て、ナザレのイエスの教えとされるものも、それなりに普遍性を伴うものとして受け止められるものに改変されてきた(イスラムでも、実際的な運用については、解釈者(賢者)が必要とされる)。つまり、宗教権力を認めることは、実質的にはそれを解釈・改変できる「賢人」権力を認めるのに等しい(上院や貴族院の発想)。結局はここでもヒトなのである。
一部である程度本気で言われているような、AIに神の代弁者を任せるということもまた、AIに与える規範を「賢人」がチューニングすることが前提となっている。「神としてのAI」がそれなりに真剣に検討されるのは、実際にそんなものなら有効であると信じているというよりも、その裏にいるチューナー(調整者)が前面に立てば、ヒトであるが故に、受け入れられはしないだろうという諦めとある種のナルシシズムであろう。
現代において、「よりまし」な立場に立とうとするとき、依然として「左派」であるべきことは変わりないと思う。ただ、そうする以上は、とっくに直感的には無効であると知っているような、共産主義の「科学的無謬性(これは過去のものではなく、フランス政府のイスラム教徒弾圧を正当化する弁法を見れば未だに生きながらえている)」や、完璧な「人治」が可能であるというドグマを批判的に克服した上で、その先の「よりまし」を選び取る覚悟が必要なのだろう(Qアノンやグローバル企業が地獄であると知りながらも、結果も含めて「選び取って」いる以上、単に「各論」で正しい態度であっても、総論が提示されていなければ、「どちらの地獄を選ぶか」を選ばせることなどできない。そもそも、多くの「リベラル」は、各論で正しくはあっても結局は新自由主義やグローバリズムに加担した結果、Qアノン的な絶望の蔓延と反乱を招いたことをきちんと総括しなければならない。「リベラル」は、八方美人的に「各論」でのみいい顔をし続け、例えばル・ペンやトランプは批判できても、それを生み出す構造、グローバリゼーションの死の商人性と一体化したマクロンやバイデンが代表する勢力を批判できなくなり、決定的に無効化されたのである)
つまり、リベラル的知性は、「大衆の理解」を求めるあまり、中途半端にポピュリズム化した。構造的問題を前面に出さず、各論で対抗することで「大衆」へのわかりやすさをつくろうとした。
しかし、そのような「因数分解」の結果、例えば日本語圏のリベラルは「帝国の慰安婦」問題で、「言論の自由」の立場に立ってパク・ユハ支持を表明したことで、本当の意味で踏みつけられた被害者の声を否認する結果となり、結果的にそれまでの各論としての「慰安婦」問題で被害者に寄り添う姿勢すらも植民地主義的な立場からの物言いでしかなかったことを露呈した。
結局、ここでも、各論の正しさに縋って、総論として持つべき一貫した思想を放棄した結果、現状追認に陥ったのだ。
本来であれが、「言論の自由」という正しさをもってしてもなお、「帝国の慰安婦」が徹底的に批判されるべきものであって、被害者にとって受け容れがたい内容である理由を発信すべきところを、主に知見不足によるところもあるが、あべこべに、「帝国の慰安婦」に学術研究として「あり」とのお墨付きまで与えてみせた。
「ポピュリズム」自体を悪として中途半端に対抗するのではなく、「大衆」への響かせ方が結果的に「左派側からのポピュリズム」となるかも知れないという「地獄」を引き受け、植民地官僚的な趣味としての「人文主義」から脱却しない限り、「リベラル」は結局その時々の「人治」に迎合し、加担し続けるものでしかあり得ないことは、過去「知識階級」が最初に社会主義に「理解」を示しながら、結局最後は植民地主義側のロジックに加担していった歴史によっても証明される。
簡単に言ってしまえば、トランプやQアノン的なものから一つだけ学ぶことがあるとすれば、嫌われるかも知れない、迫害されるかもしれないから、自分の半径nメートルに対していい顔をし続ければ、結局は流され、巻き込まれるだけなのであり、近くの人間に嫌われる覚悟で立場表明する勇気がなければならないということなのだろう。
雪柳
幼少期を那覇で過ごしたのもあってか、花の種類に疎い。 近所で重たげに垂れ下がる白い花、数日来その名前が気になっていた。群れ咲きながらも南方的な「みっちり」むんむんとした肉感ではなく、どこか可憐な柳花。 九歳の冬、物心ついてからずっと過ごした那覇、垂れこめる空の下のハイビスカスの赤から、瀬戸内の小さな城下町、福山に移った。それまでも魚津の母の実家に遊びに行くことはあったが、そこで初めて四季の風景、里山の春、里山の秋、「春の小川はさらさらいくよ」や、「春もうららの隅田川」の歌に、しっくりいった。 小島のような中洲には藪がしげり、葦原に縁どられ、小山や丘を背景にしてのどかに流れる芦田川。だが、雨後には轟々と流れ、鯉が堰の小さな口から猛スピードで流れくだっていくのが見られた。 漫湖の泥土の上をシオマネキやトントンミーたちが群がる、どこかエゲつない、生々しく直截的な風景を見慣れた僕の目には、芦田川は、いつかの昔にこの辺りで河童が水利権あらそいでもしていたんじゃないか、という想像さえ自然な、生きものたちの絵巻物的な営みがあるように思えた。 住んでいた社宅の近所の用水路にも、雨後にはどこからか鯉が流れてきたり、ザリガニがうようよとわいて出た。僕は弟や同じ社宅の年下の男の子とバケツ一杯にザリガニをとって持ち帰った。持ち帰る間にも簡単に鋏が落ちて隻腕になってしまうものの多かったのを覚えている。僕たちはその後同じようにバケツにザリガニをいっぱいに入れることはなかったし、次の年はほとんどザリガニは見られなかった。 福山に移った後の僕はしかし、風景の中に朝顔やひまわりばかりを気にしていた。那覇でハイビスカスとともに、通学路のおなじみだった黄色い顔。学校で育てた長い蔦。知った名前の花はそれだけで、路傍の可憐な花々は馴染みがなく、僕の記憶のアルバムにはほとんど残っていない。初秋の景色の思い出は、焦げ落ちたようなひまわりの姿だ。
オジギソウに似た葉を見つけては那覇でよくしたように触り、葉が閉じないのに失望した。ハイビスカスに似た花を見つけては柄からもぎ取り、蜜を吸えないか試した。
やがて僕はベランダで、ガラスのボトルの中にコケやシダ植物のミニチュアの庭をつくった。太古の森のような小さな世界は僕の気にいった。なんとなく、ガジュマルの森はこんなだろうか、と思い浮かべていた。確か次に引っ越した兵庫まで持っていったと思うが、長く放置するようになったり水けの管理がぞんざいになったりして、最後には汚いコケだかカビだかにボトルの内側全体が覆われてシダ類は全滅してしまい、捨てられた。 そして年月が流れて、福山の里山の景色も擦りガラス越しの記憶となった。春の花は相変わらず名前を知らないものばかりだが、今の僕にはどこか懐かしい。僕の猫―――身体は白い毛で、半分くらいにちょん切れたような曲り尾と頭だけが黒く、頭の模様は、行儀よく真ん中で分けた髪のようになっていた―――、かれが太宰府の家の庭の周りの石垣を渡りながら、群れ咲く柳花の白い花冠に鼻を寄せて嗅いでいたのを思い出す。 白い花、黄色い花、薄紫いろ。ちいさな花が好きで、庭で花の中に座っている姿は、哲理を極めた猫、とでも呼びたいような趣があった。ある年まだ寒い二月、梅の花の咲き揃う前に儚くなってしまった。もうあれから六、七年にはなるのだろうか。庭の隅に眠っているが、その後増築して日当たりのわるくなったそこには、かれの好きだった可憐な花々が咲くことはないようだ。
(2013年3月22日)
9月
-それで、僕の葬式はどんなだった?
色んな人が来ていたわ。あなた「僕には友達の一人もありはしない」なんてうそぶいていたけれど、お通夜から納棺から、あたしの知らないような顔ばかり。若い女のひとも三人四人はあったわね。
くすくすと笑ってやると、彼も満足げに微笑む。
あたしは夢の中の風景を言葉にくくりつけてやりたくて(それは夢の仄かな匂いを辿っていたいから)、慎重に、ゆっくりと話すが、彼はじっと耳を傾けて、いい折に相槌を打ってくれるから勇気づけられて、途切れずに夢をまな探り続けられる。
-僕には不似合いな豪勢な終わり方だね。
けれど、かわいそうだった。あなたはあんなに若いのに―――お棺の中のあなたは、今のあなたよりもまだ若くて、子供のように見えた。あたし泣いちゃったのよ。夢だってわかっていたのに。
けれど、それはあたし自身がかわいそうになったのかしら。黒い幕、花の輪。百合の香りがいつかあなたと行ったあの新しいお店でかいだのと同じだったわ。
廃タンカーが、夏の残骸を曳いて座礁している。真昼だけれど、崖の蔭で寄せる波は冷ややかで、あたしは足首まで水に浸そうかどうかずっと逡巡している。彼は太陽を背にしていて、顔が見分けにくい。あたしは目をしばたかせた。
-あの頃は、こんな風に君に向き合わなかった。
あなたはあなたでありたかったのよ。一日朝から夕まであなた以外の誰かであることを強いられて、うちでくらい心のままにいてほしかったのだから。
でもあたしは、どうしようもなく淋しかった。そしてそれがあなたを苦しめた。
死んだ人は、すまなかったね、とか、どうもありがとうね、とか、湿っぽいから嫌いだ。そんな煩わしい思いから、解放されてあって欲しい。そんなあたしを知っているから、あなたはものいいたげな表情をぐっと呑み込んでみせる。でももうそれだけであたしはつらくなるのだ。
あたし、夢で何度も何度もあなたの死に遭って、でも全然慣れないわ。
-いつかは慣れなければ。
あお空はあたしたちの年令のようにどこか疲れた色で、遠くに突き出た岬の方に、雲が下に向かって連なっている。もうすぐ秋の稲妻とあらしがここにもやってくるのだろう。海辺の日々ももう終わり。明日の、そしてそのつぎの明日は---?
無関心な灰色の空、こわばった肌。車いすに身を預けて。かれは横に立っているけれど、思いは遠くにいっているのがわかる。あのときあたしは最後の息のなかで、こんな飲み残しみたいな空をなつかしんだのだったのかしら。いいえ、もっと---。
けれどこれはおなじ海だ。いまは静まりかえっているけれど、ぬくもりはまだ残っている。だから。
あたしは次第にけだるく閉じていく瞼の向こうの景色に、かれに、微笑みかけてみせる。そう、確かにそれはそこにあった。そこにあり、そして
(2012年9月20日)