'Hurt' Jonny Cash 〔2002〕

今日、自分を傷つけてみた
まだ感じるか見るため
痛みに向かい合った
たったひとつリアルなものに
針が穴に涙を流す
古馴染みの針が
すべてを殺し去ろうと
だが、すべてを思い出すんだ
一体俺は何者になったんだ?
俺の愛しい友よ
俺の知るすべてのひとは
結局去っていく
そしてお前はすべてを手に入れる
俺の穢れた帝国を

俺は君をがっかりさせるだろう
俺は君を傷つけるだろう

茨の冠を被り
偽りの玉座に上る
でたらめな思考に満たされて
俺には取り繕うこともできない
時の染みの下で
感覚は消え去った
君はたったひとりの
俺がここにまだ存在している証拠だ

一体俺は何者になったんだ?
俺の愛しい友よ
俺の知るすべてのひとは
結局去っていく
そしてお前はすべてを手に入れる
俺の穢れた帝国を

俺は君をがっかりさせるだろう
俺は君を傷つけるだろう

もしやり直せるのなら
百万マイル離れた土地で
自分を見失わずにいてみせる
道を見つけ出すさ、きっと


'Hurt' 作詞Trent Reznor. 作曲Trent Reznor 〔1994〕
Youtube動画
http://www.youtube.com/watch?v=SmVAWKfJ4Go

ジョニー・キャッシュといえば、没後、映画『ウォーク・ザ・ライン』の公開で日本でもそこそこ知られるようになりましたが、以前は典型的なアメリカのローカル・スターという感じだったと思います。

僕もU2の『ZOOROPA』でゲスト・ヴォーカルに参加していたのでしか聴いたことがなかったのですが、雑誌『ロッキング・オン』でこのNine Inch Nailsの'Hurt'などのグランジ以降のカヴァーも収められたアルバム"American Ⅳ"の短い紹介を見て以来、ちょっと興味を持つようになっていました。しかし、結局実際に彼のアルバムを聴いたのは一昨年くらいだったでしょうか。没後に関係者が完成させた"American Ⅴ"〔2006〕でした。

70歳を越えていた死の直前のキャッシュの声は弱弱しく、彼の死の数ヶ月前に亡くなった妻の死を既に予感したような(そのレコーディングの前後関係ははっきりわかりませんが)'恋慕すら感じさせる'she'への語り掛けの形の歌詞が頻出し(あるいはその'she'とは彼の母のことなのかも知れません)、老いの哀しみを非常に感じるアルバムでしたが、発表当時大変評判になったというこの'Hurt'のPVも凄いです。

70になった男が、これほどに過去を悔い、慟哭すらしてみせる姿は衝撃です。最愛の妻にすら手を差し伸べて救うことができない闇。そういえば最近テレビのCMで、「後悔のない人生なんて」とかいうキャッチコピーがありましたが、本当の後悔とはそんなに余裕のあるものではないことを感じます。20そこそこのロックスターの書いた絶望が、更に取り返しのつかないほど遠くまで来てしまった、という老人の心を通して焦燥と怒りと哀哭に満たされた漆黒の闇です。

映画ではドラッグとの戦いと家族との和解という構図でキャッシュの半生が描かれていましたが、現実には、死を前にしても彼は挫折感に満たされ、喜びと期待に満たされて天国に向かう、などという甘い歌を、70になっても歌うことができなかったのです。人生とはかくも残酷で過酷であるということを表現しつくしたキャッシュというアーティストの<偉大さ>の意味を感じさせる作品です。