ゾンビの社会史

ゾンビ(Zombie)という言葉自体は西インド諸島のヴードゥ(Voodoo)起源のものだが(「蛇」という意味らしい)、現在一般に流通しているゾンビイメージはむしろヨーロッパの伝統に因るといえる。

ヴードゥのゾンビはいわばフランケンシュタイン博士の怪物、式鬼(しき)、ロボット、ゴーレム、ホムンクルスに似たもので、屍体あるいは生きた人間を意のままに操り、使役するものである。

現在流通しているゾンビイメージをつくり上げたのは、やはりロメロ(George A. Romero)の"Night of the Living Dead"をはじめとする一連の"Living Dead"シリーズであり、ロメロはむしろ本来のゾンビよりも吸血鬼のイメージにヒントを得ているようだ。

ヨーロッパの伝承では、よく邪悪な人間が死後も墓から蘇ってうろつきまわり、生者を狂わせたり病気にして死に至らしめる。また、この邪悪な屍鬼によってとり殺された人間たちも死後起き上がってうろつきまわる、とする話もある。

このようなイメージはペストの影響を感じさせるが、実際にはヨーロッパにペストが大流行する以前から伝えられたイメージであるようで、アイスランドに残されたサガと呼ばれる歴史的物語の中には(主に9-13世紀ごろの事件を扱う)、既に邪悪な死者や、死後うろつく流疫による死者たちが登場する。

このような死者たちは、ペストが大流行させた死の舞踏(Danza Macabra) 、メメント・モリMemento mori)のイメージと同様、原因不明の流疫が襲ってくるたびに繰り返しあらわれる、得体の知れない死の恐怖を体現するものであったのだろう。アイスランドのサガには、うろついて害をなす邪悪な死者の死体を掘り返して焼き、灰にするが、草むらにばら撒かれたその灰を体内に入れた牛に死者が乗り移り、再び害をなす描写すらあらわれる。これはこの時代のひとびとがウィルスによる悪疫の伝染を体験的に知っていたことをうかがわせる。

キョンシー、屍人鬼など、日本、中国などにもうろつく死者の伝承は存在する。こういったイメージはおそらく世界中に存在し、現代に至って、潜在化したそれらの存在に対する好奇心と恐怖が、映画の<ゾンビ>により代表され、広く受容されるようになったのだ。カソリックの強いイタリアでゾンビ映画が大量に作られるようになったのも偶然ではない。死者が生前のままの姿で生者の近くに眠っていることほどゾンビにリアリティを持たせる要素はないだろう。

人間の恐怖とは原始的なもので、人類の記憶の最も古層に属する。<ゾンビ>もまた、人類の歴史と共にずっと存在し続けてきたのだ。