戦後の日本が失ったものとは 誠実さと二枚舌の関係

僕はまったく立派な人間ではないし、他人を裁ける偉い立場でもない。しかし、それでもどうしても許せない連中がいる。

それは自由主義史観論者、歴史修正主義者、ネット右翼などと呼ばれる卑劣な奴らのことだ。小林よしのりにデフォルメして代表される彼らの主張が扱うのは、日本と他国が深く関係する歴史である。これをかれらは歴史学的にはてんで相手にもならないような稚拙な手法で恣意的に歪め、あたかもこれまでの歴史研究の成果に対置する一方の主張として成立するかのように強弁する。そして、奇怪にもなぜか一般には彼らの声の方が大きく、あたかも一目置くべき妥当性を持っているかのごとく見える。例えば個々の問題のうち、歴史学的にあまり研究が盛んでなかったり資料が少なかったりする南京大虐殺南京事件)に関する本は、岩波新書など一般の書店で廉価に手に入るものでは否定(なかった)派のものしかない。また、なぜか新聞の記事では歴史学の専門ではない「つくる会」関係者のような歴史修正主義的人物に歴史的問題のコメントが求められるケースが目立つ。

現在のマスコミ、日常における偏った歴史修正主義史観の台頭には、ひとつにマスコミという分野の嗜好するわかりやすさ(捏造論の探偵小説的な単純化)があり、もう一方にシリアスな学界の研究成果がいまだに閉鎖的であること、あるいは一般から敬遠される傾向にあることが原因であろう。学界の成果を広く一般に公開、教育されるためのシステムが未熟なままであることが、小林よしのり櫻井よしこのようなマスコミ言語に通じた<論客>を引き込んだ修正主義側の見かけ上の<優勢>に繋がっている。


歴史修正主義」の特質については、Wikipedia記述を参照されることが望ましいと思う(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E4%BF%AE%E6%AD%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9 『批判者側から見た「修正主義のレトリック」』の項)。余談だが、現在のWikipedia歴史修正主義派が「論争」を巻き起こしている項目において、非常に偏った百科事典の名に相応しくない記述になってしまっている。これも現在の日本の状況の決して特異とはいえない面を端的に現わしている。だが、日本人の大学進学率ならば、本来こういった虚言妄言への批判能力耐性はもっと高くて然るべき(マスコミなどインテリ層の集まりのはずである)。歴史は単なるエンターテイメントではなく、歴史修正主義がとるようなアマチュアな手法はどのような学問分野であっても許されるものではない。




話は後戻りするが、小学生時分、僕は物凄く<嫌な奴>だった。クラスのいじめられっ子の女の子を学校の終礼のときの反省会のような時間(あの子がこういうことをしました、といういいことや悪いことをいいあう。何か名前があったのだが忘れてしまった)で微に入り細を穿ちネチネチと攻撃したり、ベトナム人の子を名前のことでからかいまくったり、知的障害がある子を言葉でなぶるようなことを一種の正義感を持ってやっていた。ご多分に漏れず、そのような僕自身もまたいじめやからかいの対象になりやすい子供だった。

そのような僕の性格的弱さについて、現在でも克服しきれたとはいえないし、状況論として正当化できるとは思わないが、建前論でなく、そういった屈折した意識を表に出すのは自分自身にとっても制御できない感情の化け物のように感じられ、思い出すだけでも深いうろを覗き込むような恐ろしさがある。



こういう人間がいっても説得力がないだろうが、差別意識を上らすことはおそらく多くのひとにとっても避けがたいことであり、これ自体を制限することはまず不可能なことだろう。差別意識を自然な共感に転化することは一朝一夕にできることではないと思う。

では、歴史認識の問題はどうか。自己正当化は仕方がないことなのか。これはまったく筋が違うと思う。日本人の多くが潜在的に抱える中国や韓国や東南アジアの人々への蔑視感情、白人への屈折した感情のことではない。善悪の問題でもない。これはそれ以前の事実認識歴史認識の問題だ。

表現として、ある種の差別感情、蔑視感情を含んだものを取り締まることができるとは思わないし、それを許していい訳もない。表現の自由とは、汚物と神性の混沌を見つめることであり、なにか素晴らしいものも暗いものから目を背けては得られない。罵詈雑言の掃き溜めがシェイクスピアであり、同時に我々の心にも訴える光輝もその猥雑さがなければ存在し得ない。

だが、歴史とは、そういった好悪の感情を越えて、我々が何を体験し、何をしたのか、その外面的事実を可能な限り正確に伝えていかなければならないものだ。一個人の気分で起きたことを変更できるものではない。歴史を描くときに要求される誠実さ、例え推測によって足りない部分を補うにしても作為は入れるべきものではない、厳然たるものに対することだと考えている。それは創作であっても、己の内面に誠実であるのと同じように曲げるべからざる態度だと思う。



僕が小林よしのりという作家を特に槍玉にあげ続けるのは、かれが作家という立場を誤った免罪符として、歴史にも己にも不誠実な嘘を垂れ流し続けるのを恥じないからだ。彼のような態度は決して許されるものではない。

だが、彼が最も不実な人間というわけではない。戦後の日本は、実はある明白な意図を持ったひとびとによって常に事実に対して目を覆われてきた。

日本が敗戦したとき、戦時の公的資料の多くが軍部の手によって隠滅された。実は戦時の日本の歴史的事実に関して、不明瞭な部分が非常に多い大きな原因のひとつがこの行為だ。東京裁判をはじめとする軍事裁判において、実際には日本が戦時中に行った行為の大きな部分は手付かずのままなのだ。三光作戦(燼滅作戦)と呼ばれる中国での殲滅戦は当時知られていなかったし、従軍慰安婦問題も91年に当事者に告発されるまで政府は国の関与を否定し続けていた。この告発によって公的文書が再発見されて初めて、正式に謝罪したのである。ほんの15、6年前のことで、「いまだに責められる」という問題ではない。

その上、安倍首相の「慰安婦問題では、広義の強制性はあったが狭義の強制性はなかった」という発言に代表されるように、日本の首脳は対外的には謝罪のポーズを示しながら、国内ではその反対を平気で発言するという論理のすり替え、二枚舌を弄し、多くの国民に誤った認識を植えつけてきた。アメリカ下院で従軍慰安婦問題の問題に関する決議がなされたことで多くの日本人が反発しているようだが、被害者がこのような手段に出た大きな要因は、日本政府のこういった不誠実な姿勢にあるのではないか。



更に、南京大虐殺南京事件)の「まぼろし説」のような妄説がまかり通る遠因もここにある。実際に少し調べてみると、この事件を伝える記録資料は奇妙な程少ない。資料のほとんどは当時南京に在留していた欧米人の伝えたもので、日本側の公的資料は殆ど残っていない。そして直接的な被害をほとんど受けていない彼らの報告によっては事件の全容は殆ど伝わらないのである。

この事件の「実在性」はむしろ、埋葬遺体数の調査、当時被害に遭った中国人、そして当事者の日本兵の証言によって証明されている。現在、ライフ・ヒストリー(オーラル・ヒストリー;口碑)の重要性の認識は高まっており、このような歴史に隠滅されかかった事件の場合、その存在なしには歴史の再現は不可能なことは多くの歴史学のみならず学問分野において常識化している。

にもかかわらず、南京大虐殺否定派は主に乏しい公的資料、当時の記録文書の矛盾点などを粗探しする詭弁的手法によって、あたかも正当な段階を踏んだかのように声高に自説を主張している。

例えば、北村稔『「南京事件」の探究―その実像をもとめて』(岩波新書 2002)の如きは、筆者がれきとした中国近現代史学者として教授職を得ているにも関わらず、筆者が人間普遍のものと信じる「常識」、「判断力」を論を展開する拠り所にする、という、つまりはじめに結論ありき、という歴史学の手法から最もかけ離れた叙述態度である。

個々の検討も、Mother fuckerというスラングを持たない日本人が息子に母親を犯させるというようなことを「常識的に考えて」するはずがないから、東京裁判南京事件を裁く訴因のひとつであったこの事件は捏造であろう、というような非常に幼稚かつ偏見に満ち満ちたものだ。このような事例が頻発していたことは、当事者の中国人のみならず、日本兵の側からも証言されていることだが、筆者はあえて日本で最近提出された新資料を採用せず、当時南京事件が「存在した」と認定された第一次資料のみを検討することによって「存在する」とされた過程を追う、という詭弁で持って最早「常識」のこれらの証言を切り捨てている。

はっきりいって一定の権威を認められている岩波新書からこのような書の発表が可能になったという事実には暗澹とさせられる。

ここでも、日本政府首脳はことあるごとに「南京大虐殺はなかったと思う」などと発言してきた。また、中国による事件の「蒸し返し」が出てきたのも、実は「まぼろし説」が先に日本で流行し始めてからなのである。常に妄言を先に弄して相手を刺激し挑発しておきながら、あたかも過剰反応をするヒステリックな国民であるように中国や韓国を嘲笑する、この精神性は一体何なのか。



「日本はアジアを白人の支配から解放するために戦ってあげた」。戦時中の亡霊の声のようなこんな言葉が現在の人間から発せられるのを聞いたとき、耳を疑った。民間の日本人はその現場を目撃する機会をほとんど持たなかったためにほとんど知らずに済んだのに過ぎないが、戦時中日本が行った虐殺・虐待はナチスドイツのそれとは性格こそ違え、決して戦争においては何処の国でも起こしうる類のものではない。ただ、当事者が口をつぐんでいれば知らずに過ごしてこれたというだけのことなのだ。反省しなければならない、とか善悪の問題でも、ましてや思想の問題でもない。歴史上、あったことを、当事者である我々が都合のいい幻想に摩り替えてしまうことこそ、死者への、歴史への冒涜だ。時が過ぎ去っていこうが原爆の炎が消えないのと同様、無知は歴史を洗い流してはくれない。