オカルト

紙の時代、つまり書籍が主な情報源だった頃なら、実際一般的に信じられていたのだろうと思って読まざるを得なかった、小説や漫画、映画の元ネタになった(ややマイナーな)オカルティックな事件や伝承なども、現在では少しネットで調べれば、ほとんどの場合フィクションの題材として大きな歪曲や誇張、時には名前だけ借りてきただけというほど原型を留めずに改変されていたりすることがわかる。スーパーナチュラルとかX-FILEとかチャームドなどに繰り返し出てくる題材も作品が違えばまったく異なる語られ方をしていたりする。

そういうものを見ていくと、実際にはオカルティックで科学では解明不能だと説得力のある題材はあまり見当たらない。どれも部分だけを見るのではなく全体的に見れば、無理にオカルティックに考えるより自然な説明の方がしっくり来るようなものだし、なんとなくがっかりしてしまう。

僕は結構神話とか伝説の類が好きなのだが、それを実際にそのまま存在する超自然的生物だと思いたいわけでも、逆に全部自然科学的解釈(懐かしい言葉だ)で説明し直したいというわけでもなくて、そういう思考のつながり、文脈(脈絡)、言説が流通し得る社会的歴史的状況の方に興味がある。

例えばロバート・ジョンソンのブードゥーの伝統に根ざした歌詞を、そのまま彼個人のオブセッションによるものだとか、実際に十字路で悪魔と取引したことを歌っている、とストレートに解釈したり、逆にオカルティックな言い回しで自らの天才を誇示しているだけだと全てを比喩的に解釈するのではなく、当時の社会的背景を理解したうえで、そういった要素を過大評価でも過小評価でもなく当時の状況やロバート・ジョンソンというひとを構成するピースとしてしっくりと当てはまった、と感じることができれば、よりエキサイティングだと思うのだ。

しかし、世の中に本当に信じがたいような事実というのが存在していて欲しい気分もある。タイム・スリップがもし実現すれば世の中の仕組みすべてが変わる可能性があるし、ゴースト・イン・ザ・シェルのような技術もそうだろう。そういう本当に画期を成すムーヴメントを体験してみたい、という期待感と同じに、やっぱりオカルティックな物事の中にも魅力を感じる。