甲斐バンド 全曲レビュー その12 「裏切りの街角」



レビューの順番を発表順にするかアルバムの収録順にするか迷いましたが、これからはアルバム未収録曲も出てくるのでフレキシブルにケースバイケースでいくことにしましたw。

甲斐バンドはデビュー当初から、シングル曲に関してはアルバム収録曲とはまた違った明確な狙いを打ち出していたと思う。既に書いたが、デビューシングルのバス通りからして、ちょっとひねくれたリズムの刻みはレゲエビートではないかと思うのだが、世界的にはエスニックサウンドAORが流行の兆しを見せていたとはいえ*(ジャマイカでレコーディングされたローリングストーンズの『山羊の頭のスープ』は甲斐バンドデビューの前年1973年発表。エリック・クラプトンが「アイ・ショット・ザ・シェリフ」のカヴァーをリリースしたのは1974年8月で、「バス通り」のリリースは同年11月である。ちなみにイーグルスのデビューは1971年)、フォーク全盛の時代にあった日本の音楽シーンにおいて、やはり甲斐バンドの目配りの鋭さは特筆すべきものだったのではないだろうか。

「裏切りの街角」は、「バス通り」のサウンドが正当に評価されなかったことに対する雪辱戦の意味合いもあったのではないだろうか。そう思わせる位、用いられているリズムが同じである。

この辺、甲斐よしひろは意外と執念深いというか、自分がいけると踏んだ方向性は二度三度と諦めずに押していって(もちろんより洗練した形で提示しながら)結局世間にも認めさせてしまう。後年の「破れたハートを売り物に」、「ナイト・ウェイブ」、「GOLD」や、「四月の雪」、「風の中の火のように」、「激愛-パッション」もそんな執念が実を結んだケースだし、世間的に認められたとはいえないだろうけれど、「牙/タスク」、「FIGHT THE FUTURE」、「ひかりのまち」の辺りにもそういう流れを感じる。

「バス通り」に比べて大きく変わったのはやはり詞の世界である。「裏切りの街角」という映画的フレーズひとつで、よくある上京物語をフィルムの枠にはめ込んでしまう。以後の甲斐バンドスタイルがここではじめて現れている。

この曲の成功から、詞の面でも映画的叙情性を打ち出していくという方向性が確立し、映画の劇中音楽に親しみその空気を全身に染み込ませながら育ってきた甲斐よしひろの強みが最大限に活かされる態勢が整った。ここで得た自信が、傑作アルバム『英雄と悪漢』を一気につくり上げる原動力となっていったのではないだろうか。

*一般的なAORの解釈とは異なると思うが、70年代以降、エリック・クラプトンイーグルスに代表されるようなエスニックな要素を取り込んだロックが耳の肥えた、大人の鑑賞にも堪え得るものとして市場を拡大していったことは、広い意味ではアダルト向けロック、AOR(あるいはアダルト・コンテンポラリーミュージック)市場形成の流れに位置づけることが可能ではないだろうか。