甲斐よしひろ強化月間

 皆さんにも自分が本当に好きなものはひとに教えたり勧めたりする気になれない、ということがありま

せんか?

 僕にとって、甲斐よしひろの音楽がそのひとつです。ひとに聴かせて、「・・・ふぅーん」って感じの

反応をされるときの辛さが嫌なのもありますし、そう簡単に良さがわかるか!という見下ろした傲慢さの

せいもあると思います。

 しかし、いつまでもこれでいいのでしょうか?いや、よくない(反語)。いいものはどんどんひとに伝

えようとすることでことばは鍛えられます。沈黙していては、どんなにすばらしいものも響きません。

 まあそこまで大袈裟な決意というわけでもないのですが、これから甲斐よしひろの曲についてちょっと

集中的に書いていきたいと思います。

 甲斐よしひろの良さは、その歌詞の物語性にあるとよくいわれていました。確かにその通りなのです

が、もっと具体的にいうと、聴きながらきちんと伝わってくる物語のある言葉を音楽に乗せることができ

る、ということでしょう。

 甲斐よしひろの書く歌の世界というのは、決してオリジナリティに溢れたものではなく、むしろ洋楽の

歌では常套的な内容のものがほとんどです。男が恋人をうしなった(うしなう)悲しみ、幸せの中に翳を

落とす別れの予感、刹那的に愛を求める感情。これらはロックがブルーズやカントリーから受け継いだ伝

統的な題材であり、洋楽の世界ではそこから多くの常套句的なフレーズが生まれ、共有財産となっていま

す。

 日本語のロックの世界では、洋楽の常套句を日本語に直して使ったとしても、もとのフレーズが持って

いた韻を踏む響きの美しさまで移すのは至難の技です。このため、日本語ロック草創期から多くのアーテ

ィストが試行錯誤を繰り返してきました。

 甲斐よしひろもその課題に取り組んだ作家のひとりですが、彼の鋭さは、洋楽のフレーズの<音>を写

し取ろうとするのではなく、<意味>を聴き手に伝わるかたちで表現しようとしたことでしょう。

 音楽において、リズムの良さも勿論重要ですが、そこに乗る言葉の意味が聴き手に伝わって来ることも

非常に大事な要素です。そして、言葉(物語)が伝わりやすくなるということは、音楽的にも美しくなけ

れば難しいのではないでしょうか。

 皆さんは、歌詞をただ淡々と読まれるのと、その歌詞に合った音楽として歌われるのと、どちらがより

心に響きますか?僕は圧倒的に後者です。物語をより伝える、ということ、これは大昔から音楽が持つ大

きな機能のひとつでしょう。音楽に起承転結のある物語性を持たせ、それを聴き手の胸に響かせることの

できる甲斐よしひろは、本人の自負するとおり、優れた伝統の継承者であり、<吟遊詩人>なのです。

本日のお勧めの一曲

「テレフォン・ノイローゼ」

 甲斐バンドのサード・アルバム『ガラスの動物園』収録。「出逢って一月目 どれほど 想ってる?っ

て訊くと 君は四週間分よとそっけなく」、「あの娘は僕を夢中にしていると 自惚れているけど いい

ように世の中を回してるのはこっちさ」、などの、ひねりの効いた歌詞を自然と口ずさんでしまう、非常

に優れた曲です。この曲のお陰で僕は甲斐よしひろの音楽に興味を持つようになりました。
 
 ロックの持つ捻れた感じがすごく良く出てると思います。