ブルーからブラックへ

 スティーヴン・キングの小説は高校時代、随分読んだ気がするが、登場人物の名前は殆ど覚えていない。すぐに思い浮かぶのは『IT』のベヴェリー・マーシュくらいか(ベヴァリーカワユス)。

 大体、登場人物の名前が普通すぎるのだ。ジョン・スミス(『デッド・ゾーン』)とか、日本で言えば田中一郎か、というw。

 僕はアイスランドのサガと呼ばれる物語を読むのが好きなのだが、アメリカのある種の大衆小説というのはこれに似た面白さがある。伝奇的、ファミリーヒストリー的要素が、物語の深奥に連れて行ってくれる感じがいい。

 中期までのキングの小説には、ひとつの家族の歴史を追いかける要素は薄いが、代わりに町(タイニー・タウン)が隠れた主役として機能していた。<メイン州キャッスルロック>、そして<デリー>。

 黒い悪意に取り憑かれた田舎町。『デッド・ゾーン』、『クージョ』、『ダーク・ハーフ』、『ニードフル・シングス』など、多くの作品の中でキャッスルロックのドス黒い悪意は表出し、最後には町を破滅に導く。

 アメリカ人は『ツイン・ピークス』や、ラヴクラフトの<インスマウス>にも見られるように、田舎町の暗部、隠されたスキャンダルを暴く物語が好きなようだ(日本でも荒木比呂彦『JOJOの奇妙な冒険』第4部の<杜王町>などはこの要素をを取り入れることに成功していると思う)。キングは『IT』に至って、デリーの悪意の根源を太古に宇宙からやってきた悪神にまで溯ってしまったが、確かに、どこからか生まれた、何世代にも渡って晴れない呪いの根元を辿っていくととんでもなく古い層に行き着いてしまいそうな感覚はある。

 黒い予兆、蠢く霊魂。アメリカは未だに<中世以前>を色濃く残しているのが面白いところだ。