射程距離

 何の気なしに『GOLD』をかけたら、なにやらこの曲が妙に沁みる。そうなると、昔っからこいつに魅了されてきたような気になる。記憶の悪戯、という奴か。

 物事は始まる前からすべて準備されていて、偶然、唐突にはじまったと思うような出来事でも、振り返ってみれば、これまで意識していなかっただけで、過去にいくらでも現在に繋がる契機を見出すことが可能だ。なるべくして、こうなったのだ、出逢うべくして出会ったのだ、来るべくして、俺はここに来たのだ、と。

 それを運命ととらえるか、単なるこじつけとしてとらえるかは単なるいき方の違いに過ぎない。重要なのは、出合ったことに対して感じる奇妙な懐かしさ、束の間でもそれに非常に近接したという感覚だ。それだけで、ひとは心の中の小箱に綺麗な小石を増やすことができるいじらしくかなしいまでに果敢ないものだ。

 突然人生が魔の口をかっと開いて、なにもかもが望む姿とは反対の方向へ留めようもなく進んでいくような無力感に日に日に絡め取られ打ちのめされた『GOLD』のセッションのなかで、甲斐よしひろが不意に手を伸ばせば夜が届きそうに感じた束の間、そんな小さな川底にきらめく砂利のような記憶が、この曲を掬い手のようにアルバムの最後にあらわしたのではないか、と、やくたいもない夢物語が浮かぶ。

 カーテンおろすのは
 海の潮が満ちる前のコールサイン
 愛は射程距離

 窓辺に夜がきて
 声をつめ崩れおちる
 夜は射程距離