金環日食
同じ風景、しかし、君の属していない風景。君が一度は属していたが属するのをやめた、或いは放逐された…いや、わたしが一度でもその一部だったことがあるのだろうか?君は自問する。---いつでも自問自答ばかり。
幸福な君の曳光をそこに見出したとき既に君はそこに属するのをやめている。だれかがいっていた…然り、君に属していると感じていて、君とのつながりが幸福の糸口だと目が語っているような幾人かを目前の風景のなかに見出した時、きみは既にその一部なのだ、と。
だが、 君はそれを想像する事に気詰りを覚える。だからといって君は他の無数の何ものかである事を選びもしなかった。他の無数の何ものかであろうとせず、まして何ものでもない何かだとも感じなかった。ただ、君は君でしかないという実感…確信だろうか、いやあきらめ…。もうすぐ夜が明けるが、陽はもう一度昏くなる。今朝は虫たちがもぞもぞと起き出すのを躊躇する間にも早くもひるは暮れまた明けるのだ。
朝そして人生のはじめに、気まぐれのように変拍子で挿入される誰ぞ彼どきに、ようやく君は尋ねるべきを尋ね当てる。「僕が僕である事をやめられる狭間は何処?とわなるひると永遠の夜を区切る色あいは」。きっと天体ショーをより近くで撮影しようと試みる飛行機雲であけぼのの射光は偏向する。
或いは、穏やかな懐炉のぬくもりに見える太陽に近づき過ぎて、詮索好きのイカロスたちの翼はパッと火花に変わり一粒の炭になって空の色彩を変えるかも知れない、そうと念じなければわからない程度に。ああ、明けに燃え尽きるものたちのいのちで、空は刻一刻と色あいを変える。
冥界の闇もまた、あお、ときにはシラカバ色に色相を成す。蛇の瞳孔をした狼に少しずつひるが呑まれ、冥府へのなだらかな坂道が狭間に見出される。徐々に急斜面になっていく坂道を下って、私は冥王に尋ねにいく。
あの仔はそこでよい滞在をしているのでしょうか」
「あの仔はまだここにはおらぬ。地上のどこにも、冥府のどこにも、冥府のどの川にも川辺にもおらぬ」。
あの仔は今ごろどこを彷徨っているのか。
冥府の番犬の頭のうちひとつは、あの大蛇の目に似ていた―――
いつかどこかの岸辺に到達できるのか。
かれらがひると夜奈辺に属するのか
いずれに腰を下ろす事が許されているのかを教えてやれれば、
この指の間をさらさらとこぼれ落として、
見うしなってしまったあの仔の居場所もわかろうに。
やがてこの不意の夜も明けてしまう。
大地の蛇たる狼はやぶれ去り、くろぐろとした胴体を地の果てに沈めていく。
沈んでいくくろい山脈。私の頬を睫毛の零す露が伝う。朝のいちばんはじめの滴が。
やがてその流れの無数の筋が合流し、静かなナイルの流れとなってなみだの海に注ぎ込む。
定かでないひかりが、轟々と流れる奔流となり、かすかな襞が眼球の皮膚を削ぎ取っていくような暴力的な目くらましの光に、まるで全体でひとつであるかのような偏在に…私は涸れ果てる。
2012年5月12日 初稿